1943年、スイス・ティチーノ州メンドリジオ生まれ。
ヴェネツィア大学建築学科卒業。在学中にル・コルビュジェとルイス・
I・カーンの助手を務めました。
1970年より建築家としての独自の活動を始め、彼の作品は国際的な評価
と数々の重要な賞を獲得します。
サンフランシスコ近代美術館、ミラノ・スカラ座改修、ワタリウム-日本
などを設計。
マリオ・ボッタの建築書、雑誌の特集号などは高価買取を
させていただいています。
●「a+u/建築と都市/1986年9月号臨時増刊」
出版社名:エー・アンド・ユー
発行年月:1986年9月
サイズ :268ページ 29*22cm
sold-out
特集/マリオ・ボッタ作品集
活動の中から、建築図面、模型、油彩画、デッサン、
彫刻、版画、タピスリーなど、代表的作品約350点を
示する、日本では最大の回顧展です。
●「洋書/Mario Botta/1980 - 1990/マリオ・ボッタの建築」
著者名 :Mario Botta,Emilio Pizzi,Pier Luigi Nicolin
出版社名:Artemis & Winkler Verlag
発行年月:1992年7月
サイズ :223ページ 30*23cm
sold-out
テキスト:ドイツ語
スイスを代表する世界的建築家マリオ・ボッタの手掛けた
建築や図など多数掲載。
19世紀後半イギリスの思想家、デザイナーのウィリアム・モリスが主導した
デザイン運動です。
産業革命後の大量生産による安価な粗悪品の流通に際して中世の手仕
事に帰り、生活と芸術を統合することを主張したました。
後のアール・ヌーヴォー、ウィーン分離派、ユーゲント・シュティールなどの
美術運動に多大な影響を与えました。
モリスとともに「赤い家」を設計したフィリップ・ウェッブや、アメリカン・
アーツ・アンド・クラフツのチャールズ・グリーンとヘンリー・マザー・グリー
ン兄弟によるGreene & Greeneなどが活躍してます。
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英国の建築家・デザイナーのチャールズ・レニー・マッキントッシュほか3人を
中心に、19世紀末グラスゴーに集まった建築家・デザイナーのグループです。
幻想的な曲線装飾は当初批判の対象でしたが、1冊の美術雑誌の肯定的な
内容により、後にウィーンの美術家・工芸家によって結成されたウィーン分離
派の運動に多大な影響を与えました。
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19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを中心に花開いた、ジャポニズ
ムとの関係も深い、花や植物、昆虫や鳥、長い髪や女性の身体などのモチー
フを従来の様式に囚われない曲線や曲面による装飾方法や、鉄やガラスとい
った素材が特徴の国際的な美術運動です。
狭義には、ベル・エポック期のフランスの装飾美術を示し、広義にはアーツ・
アンド・クラフツ以降の世紀末美術までの各国の美術傾向を示します。
アール・ヌーヴォー初期の建築家として、ベルギーのヴィクトール・オルタや、
「地下鉄駅入口」を設計したフランスの建築家エクトール・ギマールが活躍し
ました。
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19世紀後半のドイツで花開いた、ドイツ版アール・ヌーヴォーです。
1896年、ミュンヘンで創刊された、斬新なイラストレーションが評判で
あった雑誌「ユーゲント」から名付けられました。
動植物や女性をモチーフとし、柔らかい曲線美や、やや非左右対象な幾何
学的な模様を使用する傾向があり、ジャポニスムやアーツ・アンド・クラフツ
から強い影響を受けています。
ベルギー生まれのユーゲント・シュティールに大きな影響を与えた建築家、
アンリ・ヴァン・デ・ヴェルデや、後にナチスから退廃芸術家の烙印を押さ
れたアウグスト・エンデル、そして当初ヴァン・デ・ヴェルデから影響を受け、
後にモダンデザインを開拓し、グロピウス、コルビュジエ、ミースなどの思
想に影響を与えた建築家、ペーター・ベーレンスがいます。
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19世紀の後半、スペインのカタルーニャ地方・バルセロナを中心に花開いた
スペイン版アール・ヌーヴォーです。
アール・ヌーヴォーのスタイルを踏襲しつつも、文化・歴史的に影響があった
南フランスやイスラム建築を取り入れた独自のスタイルが特徴です。
自由な曲線や曲面を多用し、タイル・陶磁器・金属などで装飾する独自の建
築を創造したアントニ・ガウディや、ヒスパノ=アラブ様式の装飾と湾曲した
ラインとを組み合わせた合理的な建築を創造した建築家リュイス・ドメネク・
イ・ムンタネーなどが活躍しました。
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1897年、ウィーンにて画家のグスタフ・クリムトを中心に結成された、
アーツ・アンド・クラフツ、アール・ヌーヴォーの影響を受けた造形表現を
主張する芸術家のグループです。
機能主義理論の旗手として近代建築の父と呼ばれる建築家オットー・ワー
グナー、ワーグナーの理念を受け継いだヨゼフ・マリア・オルブリッヒ、
後に直線や正方形などの単純な幾何学形態を生み出した、ヨーゼフ・
ホフマンなどの建築家が参加しています。
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第一次世界大戦中の1917年、オランダのライデンで建築家・画家のテオ・
ファン・ドースブルフによって創刊した雑誌とそれに賛同する芸術家グルー
プです。水平線・垂直線・直角・正方形・長方形・三原色・非装飾性が特徴
の新造形主義を当初理念とし、後に対角線を導入した要素主義を展開し、
後のバウハウスにも大きな影響を与えました。
世界遺産にも登録されているシュレーダー邸を設計し、椅子のデザインで
も有名なヘリット・トーマス・リートフェルトや、アムステルダムで都市プロジ
ェクトに関わるコーネリアス・ファン・エーステレン、戦後オランダの数々の
ビルディング建築を設計したヤコブス・ヨハネス・ピーテル・アウト、世界で
初めての映画専門の建築理論を構築した劇場建築家、フレデリック・キー
スラーなどが参加しています。
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1910年代半ばから1930年代にかけて、ヨーロッパおよびアメリカ・
ニューヨークで開花した芸術運動です。
各種の工業製品、近代都市生活の発展によって、大量生産とデザインの
調和が求められ、幾何学図形をモチーフにした記号的表現などの多種多
様の装飾が生まれました。
クライスラービル・エンパイアステートビル・ロックフェラーセンター
などのニューヨークの高層建築がアール・デコ建築として有名です。
1930年代から70年代までフランスで活躍した、アイルランド生まれの
女性建築家、アイリーン・グレイが1930年代にアール・デコの建築家と
して活躍しています。
またアメリカ近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトのデザインもアール・
デコの流れに含まれる場合があります。
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市民革命と産業革命以降の社会において、機能性や合理性を重視し、産業
の発展による鉄骨や鉄筋コンクリート、ガラスの使用による、時代・現実に合
った建築が求められました。
モダニズム建築の起源は、アーツ・アンド・クラフツ運動とされ、芸術学校
バウハウスの開設により、モダニズム建築の急速な展開推進したと言わ
れています。
1928年に始まった、建築家たちが集まり都市・建築の将来について討論を重
ねた国際会議、CIAM(近代建築国際会議)によりモダニズム建築は大きく展
開していきます。
ヴァルター・グロピウス、ミース・ファン・デル・ローエ、ル・コルビュジエ
ら建築家たちの参加により、新しい建築の理念が確立されました。
これらの傾向は各国に急速に浸透し、機能的・合理的で装飾のない建築が
世界に広がって行くこととなりました。
個人や地域などの特殊性を越え、世界共通の建築様式へと向かうインター
ナショナル・スタイルが提言されることとなります。
現在では、機能主義建築、合理主義建築、インターナショナル・スタイルとし
て主張されてきたこれらの建築を合わせて、モダニズム建築と称されることが
多いです。
上記のヴァルター・グロピウス、ミース・ファン・デル・ローエ、ル・コルビュジエ
らモダニズム建築の巨匠建築家、20世紀初頭に鉄筋コンクリート造という新
しい技術の建築を生み出したオーギュスト・ペレ、1910年にモダニズム建築の
先駆的な作品を設計したアドルフ・ロース、基本的にモダニズムの流れをくむ
フランク・ロイド・ライト、アメリカのモダニズムを代表する建築家フィリップ・
ジョンソン、首都ブラジリア設計の建築家オスカー・ニーマイヤーなどが活
躍し、近代から現代の重要な建築を多数構成しています。
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1970年代以降の科学的、技術的発展により、ハイテクによって生み出され
た製品、技術を建築物の意匠として取り込んだ建築様式です。
モダニズムの終焉とポストモダニズムの誕生との間に位置づけられますが、
そのテーマやアイディアはポストモダン建築の中に吸収されています。
ハイテク建築の特徴は、ガラスのカーテンウォールと鉄骨構造の使用、建
築物の技術的、機能的な要素を目立つ形で見せること、規則正しい配列、
プレファブ部材の使用などの科学技術的な要素の強調と、機能的な要素を
失わないようにしています。パリのポンピドゥー・センターや香港上海銀行・
香港本店ビルなどがハイテク建築として有名です。
ノーマン・フォスター、レンゾ・ピアノ、リチャード・ロジャース、マイケル・
ホプキンス、ニコラス・グリムショーなどのハイテク建築の建築家とされ
ています。
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1980年代、機能的・合理性を追求し過ぎ、都市や建築が味気無くなってしま
ったモダニズム建築において、その批判から、かつては否定された装飾や象
徴性の回復などが唱えられた建築様式です。
1990年代のミニマリズムの台頭により、また過剰性・奇異性、景気の後退に
よる建設費の削減により、できるだけ素材の質を活かした簡素なデザインが
増えることとなりました。ニューヨークのAT&Tビルの屋上付近に古代ギリシ
アの神殿建築様式を表したフィリップ・ジョンソン、禁欲的に装飾を否定する
モダニズム建築を批判しポストモダンを提唱したロバート・ヴェンチューリ、ス
イスの現代建築家ベルナール・チュミ、アメリカのポストモダン建築を代表する
建築家マイケル・グレイヴス、日本を代表する建築家、磯崎新などがポストモ
ダン建築家とされています。
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1980年代、思想的なドローイングによる、建つことのない建築のイメージを
描いた建築家たちによるムーヴメントです。
1990年代以降は、1988年にニューヨーク近代美術館で開催された「脱構築
主義者の建築展」によって、またコンピューターによる建築設計ソフトの発達
により、各国で実際の建築を設計するようになっています。
破片のような形状、建築の要素に歪みや混乱を起こしたり、非線形な手法を
用いて設計された建築は、幾何学的でアンバランスな非対象的形態や刺激
的な外観が特徴です。
ピーター・アイゼンマン、フランク・ゲーリー、ザハ・ハディッド、レム・
コールハース、ダニエル・リベスキンド、ベルナール・チュミらが
脱構築主義の建築家とされています。
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1960年代のアメリカで登場した、最小限)主義から誕生し、必要最小限を目
指す手法・創作理論です。
無駄を排し、表現における贅肉をそぎ落とし、極限的な美を追求するミニマリ
ズム建築は1990年代後半からムーブメントが始まっていますが、その様式は
多様でミニマリストひとりひとりの違った解釈が存在しています。
ヘルツォーグ&ド・ムーロン、ギゴン&ゴヤー、ピーター・ズントー、安藤忠雄、
妹島和世+西沢立衛がミニマリズム建築を設計しています。
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建築の専門書の買取について
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東京大学工学部を卒業。
1965年から69年まで菊竹清訓設計事務所に勤務。
1971年にアーバンロボットを設立。
1984年に「笠間の家」で日本建築家協会新人賞を受賞。
多摩美術大学客員教授を努める。
伊東豊雄・最新プロジェクト集(ADAエディタトーキョー 2008年)
つくる図書館をつくる(鹿島出版会 2007年)
別冊新建築・日本現代建築家シリーズ12伊東豊雄(新建築社 1988年)
風の変様体・建築クロニクル(青土社 1989年)
透層する建築(青土社 2000年)
伊東豊雄の建築書、雑誌の特集号などは高価買取を
させていただいています。
●「住宅論/SD選書49」
著者名 :篠原一男
出版社名:鹿島出版会
発行年月:1993年5月
サイズ :234ページ 19*13cm
sold-out
人間の「生」の空間を追い、「美」をさぐり、「永遠性」
を主張する著者の「住宅は芸術である」「3つの原空間」
「空間の思想と表現」など、評判高い論文十数編をまと
めたユニークな評論集。
●「篠原一男/12の対話/世紀の変わり目の建築会議/
建築技術1999年9月号/別冊4」
著者名 :篠原一男
出版社名:建築技術
行年月:1999年9月
サイズ :311ページ 25*17cm
sold-out
ホスト/篠原一男
1/槇文彦+菊竹清訓
2/伊東豊雄+坂本一成
3/内田祥哉+木村俊彦
4/岡部憲明+妹島和世 ほか
京都高等工芸学校(現在の京都工芸繊維大学)を卒業。
在学中、哲学者の戸坂潤に兄事。卒業後、ハイデルベルク大学とベルリン大学で
建築と哲学を学ぶ。1933年に帰国し、京都や奈良で日本の古代建築を学ぶ。
1960年「松井田町役場」「浅草善照寺本堂」で高村光太郎賞を受賞。
また、装丁家としても有名。
白井晟一の建築(中央公論社 1974年)
西洋木造建築(形象社 1975年)
現代の建築家/白井晟一(鹿島出版会 1976年)
白井晟一/建築とその世界(世界文化社 1978年)
無窓(筑摩書房 1979年)
懐霄館(中央公論社 1980年)
石水館/建築を謳う(かなえ書房 1981年)
■ カテゴリー:日本の建築家
白井晟一の建築書、雑誌の特集号などは高価買取を
させていただいています。
●「白井晟一研究/1・2号/2冊」
著者名 :白井晟一
版社名:南洋堂出版
サイズ :25*19cm
・「1」
発行年月:1978年3月
定価 :2800円(税込み)
以下本文の説明文より-----
この研究誌は、建築家白井晟一の諸作品と建築活動のは
らんでいる問題についての主体的な研究、評論を具体的
な軸として、建築を含む表現者及び創作者の問題を基本
的な角度から問いなおしていこうとするものです。
・「2」
発行年月:1979年6月
定価 :3200円(税込み)
以下目次より-----
文化の質
イロニーの様式2
対談/白井晟一×金両基
イコンの象徴/建築の神話力をめぐって
沈黙のテキスト/白井晟一とローエの建築 ほか
東京大学工学部を卒業。
1965年から69年まで菊竹清訓設計事務所に勤務。
1971年にアーバンロボットを設立。
1984年に「笠間の家」で日本建築家協会新人賞を受賞。
多摩美術大学客員教授を努める。
伊東豊雄・最新プロジェクト集(ADAエディタトーキョー 2008年)
つくる図書館をつくる(鹿島出版会 2007年)
別冊新建築・日本現代建築家シリーズ12伊東豊雄(新建築社 1988年)
風の変様体・建築クロニクル(青土社 1989年)
透層する建築(青土社 2000年)
伊東豊雄の建築書、雑誌の特集号などは高価買取を
させていただいています。
●「別冊新建築/日本現代建築家シリーズ12」
出版社名:新建築社
発行年月:1988年12月
サイズ :207ページ 29*21cm
定価 :3000円(税込み)
sold-out
特集/伊東豊雄
フランク・ステラ (1936年5月12日-)
1936年、アメリカ・マサチューセッツ州に生まれる。
1954年、ニュージャージー州、プリンストン大に入り美術史を学ぶ。
1958年、ジャスパー・ジョーンズの個展を見て「旗」の縞に触発される。
ブラック・シリーズの制作始める。
初期にはミニマル・アート風の作品、シンメトリカルな色面構成の「ハー
ド・エッジ」と呼ばれる色面の輪郭が目立つ作風を手掛けていた。
1960年よりストライプを描く表現を繰り返し、ストライプのアイデアを
より強調するアルミニウム・ペイントを導入。ストライプにさらに新たな
視覚的効果を求め、ストライプをより際立たせるため、ストライプ以外の
カンヴァスの余白を切り取り、図の形と同じ形をしたカンヴァスはシェイ
プト・キャンバスと呼ばれる。1980年代以降は、2次元の枠を超えた、
破片・ねじ曲げられた平面・立体物が大画面に貼り付けられたり、壁面や
床に置かれたりするダイナミックな作品を創造している。
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■ カテゴリー:抽象表現主義
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●「図録 フランク・ステラ 総合芸術プロジェクト」
開催 :1994年 川村記念美術館
サイズ :161ページ 30*22cm
sold-out
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エルズワース・ケリー
(1923年-)
戦後、ボストン・ミュージアム・スクールに学び、1948年から6年間
フランスに滞在し、ハンス・アルプ、ブランクーシらの影響を受ける。
1950年代からアメリカ抽象表現主義の大画面に影響を受け、幾何学的
な色の構成画面による抽象画を制作する、「ハード・エッジ」と呼ば
れる色面の輪郭が目立つ作風の代表作家として高い評価を受ける。
規則的な曲線や四角形で表現する絵画作品やパネルの組み合わせなど、
形態と色彩という絵画の根本的要素のもたらす視覚的効果を追求。
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■ カテゴリー:抽象表現主義
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著者名 :Diane Waldman
出版社名:New York Graphic Society
発行年月:1974年1月
サイズ :252ページ 32*25cm
sold-out
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詳細を読む »
マーク・ロスコ
(1903年9月25日-1970年2月25日)
1903年、ロシア領であったラトヴィアで生まれる。
1923年にニューヨークに移住し、1925年からアート・スチューデンツ・
リーグで学ぶ。
1936年、ニューヨーク近代美術館で「幻想芸術、ダダ、シュルレアリス
ム」展が開催される。この後、1940年代前半までシュールレアリスムの
影響を受けた絵画を描く。
1940年代の末から色面を中心とした抽象絵画を制作し、禁欲的な「抽象
平面」はとまどい、安らぎや、懐かしさなども感じさせると評価され、
カラーフィールド・ペインティングの代表作家として高い評価を受ける
ようになる。
1970年、スタジオで自殺。
ぼんやりと浮かび上がってくる、面積と色彩の異なる矩形、深い精神性
を持つ独自の色面表現を創造。
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■ カテゴリー:抽象表現主義
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著者名 :Mr. Jeffrey Weiss,John Gage,Carol Mancusi-Ungaro
出版社名:Yale University Press
発行年月:2000年9月
サイズ :376ページ 31*23cm
状態:
使用感なく、きれいな状態です。
sold-out
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ジャクソン・ポロック
(1912年1月28日-1956年8月11日)
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1912年、アメリカ・ワイオミング州に生まれる。
1930年からニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグの、当時全盛
だったアメリカン・シーン派(地方主義)の画家トーマス・ハート・ベンソン
の指導を受ける。
1935年から1942年にかけて、WPA(公共事業促進局)の連邦美術計画
の仕事において、巨大な壁一面というキャンバスとは異なる大きさの空
間に、絵筆ならぬスプレーガンやエアブラシで描く現場に衝撃を受ける。
第二次世界大戦中、アメリカに亡命していたシュルレアリスムの画家達
との交流や、パブロ・ピカソやジョアン・ミロの影響を通じ、無意識から
湧き上がるイメージを重視した抽象的なスタイルを確立させていく。
1943年頃から、キャンバスを床に平らに置き、缶に入った絵具やペン
キを直接スティックなどでしたたらせる「ドリッピング」という技法で制作
しはじめ、大画面の絵は、「オール・オーヴァー」と呼ばれ、ウィレム・デ・
クーニングと並ぶ「アクション・ペインティング」の代表作家として高い評
価を受けるようになる。
1950年代にはアルコール依存症や、絵画の手法への更なる疑問から、
に低迷期に陥る。
1956年、飲酒後の自動車事故で死亡。
■ カテゴリー:抽象表現主義
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著者名 :Kirk Varnedoe,Pepe Karmel,Jackson Pollock
出版社名:Museum of Modern Art
発行年月:1998年10月
サイズ :336ページ 25*30cm
状態:
並(特に目立つ汚れやキズなどはありません)
sold-out
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ウィレム・デ・クーニング
(1904年4月24日-1997年3月19日)
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1904年。オランダのロッテルダムで生まれる。
1926年、渡米。以後、アメリカで活動する。
1938年頃から新古典主義時代のピカソの影響下で「女」シリーズに着手。
1940年代を通して、均整のとれた女性像にデフォルメを加えて行き、
1948年の初個展で抽象化された作風が高く評価される。
1950年代前半、荒々しい筆触と激しい色彩による「女」シリーズに取り組み、
ジャクソン・ポロックと並ぶ「アクション・ペインティング」の代表作家として
高い評価を受ける。
その後は抽象的要素が一層強まった作品を制作するが、表現主義的
作風を一貫して制作。
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■ カテゴリー:抽象表現主義
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著著者名 :Willem De Kooning,Harold Rosenberg
出版社名:Harry N Abrams
発行年月:1974年10月
サイズ :296ページ 32*34cm
状態:
カバーや天部・小口に経年的な日焼けが僅かにみられます。
その他は特に目立つ汚れやキズなどはありません。
sold-out
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