東京都写真美術館
会期: 2023年6月16日--2023年9月24日
本橋成一は1940年、東京都出身。1960年代から本格的な活動をはじめ、以降50年以上にわたり写真作品や映画監督として人々の営みを写し撮ったドキュメンタリータッチの作品を発表し続けています。 ロベール・ドアノーは1912年、フランス出身。報道やファッション写真を手がける一方で、パリ周辺に住む人々のユーモアや喜びのこもったポートレートで評価が高い写真家。
生まれた年代、地域、経歴も異なる2名の写真家ですが、その作品を辿ってゆくと色々な共通点が見えてきます。「炭坑」 「サーカス」 「市場」と、同テーマでルポタージュ作品を発表しているほか、それぞれの時代、地域で懸命に生きる人々を記録していく作風や写真との向き合い方、被写体への愛情など、両者の“眼差し”によりフォーカスされた内容となています。
ドアノーを敬愛する本橋成一が30年前、フランスに赴いた際にすれ違いで出会うことはなく、ユーモア溢れるメッセージ入りの写真集だけを受け取ったエピソードかから着想を得た今回の展覧会は「1 原点」「2 劇場と幕間」「3 街・劇場・広場」「4 人々の物語」「5 新たな物語へ」と、5つのテーマで構成され、出品作品241点(本橋成一:130点、ロベール・ドアノー:111点)の大規模なものとなっています。両者の代表作に加えて、美術館初公開、日本未公開作品も紹介、ドアノーの数少ないカラー写真「DATAR」シリーズも展示されています。
今回記事として取り上げました本橋成一とロベール・ドアノーの作品集や展覧会図録、関連書籍は洋書和書を問わず重点商品として幅広く取り扱いをしています。アート写真の作品集(写真集)にはたいていお値段をお付けできます。特にプレミアになっているものは定価の何倍の値段で取引されている場合があります。当店ではアート写真集全般を重点商品として買取も積極的に行っています。アート写真集を処分される際にはご相談ください。
東京都写真美術館
会期: 2023年3月3日--2023年6月4日
写真家・深瀬昌久は1960年代以降の日本写真界で活躍し、「私性」・「遊戯」を追求した独自のポジションを築きます。
1934年、北海道で写真館の息子として誕生した深瀬昌久は、幼い頃から写真に関わり、上京して日本大学芸術学部写真学科入学の後、広告会社に就職したことで写真家として本格的に歩み出します。1960年代にフリーのカメラマンとして活動し、唯一無二の作品は注目を浴びることになります。写真家深瀬昌久の大きな特徴は、自身の家族や身近な動物など、ごくプライベートな部分を見つめて撮影し作品へと昇華するところです。後に「私写真」と呼ばれます。写真の原点に向かおうとする行為でもあるこの表現に、後に多くの写真家が続いていくこととなりました。
今回開催される展覧会「深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ」では、東京都写真美術館のコレクション「遊戯」 「洋子」 「烏(鴉)」 「家族」 などの代表作に加え、日本大学芸術学部や個人所蔵の「サスケ」「ブクブク」ほか、作品群を全8章の構成、合計114点の作品や資料によって写真家・深瀬昌久の約40年に及んだ活動の軌跡を紹介しています。
今回記事として取り上げました深瀬昌久の作品集や展覧会図録、関連書籍は洋書和書を問わず重点商品として幅広く取り扱いをしています。アート写真の作品集(写真集)にはたいていお値段をお付けできます。特にプレミアになっているものは定価の何倍の値段で取引されている場合があります。当店ではアート写真集全般を重点商品として買取も積極的に行っています。アート写真集を処分される際にはご相談ください。
森美術館 六本木ヒルズ展望台東京シティビュー
会期: 2023年3月17日--2023年6月4日
ロンドンで設立されたデザイン集団“ヘザウィック・スタジオ”は、創立から約30年のうちに世界各地で革新的なプロジェクトを生み出し、多くの人を惹き付けてきました。ヘザウィック・スタジオの創設者トーマス・へザウィックは1970年イギリス・ロンドン出身、イギリスを代表するデザイナーのひとりです。母、祖母ともにデザイン関連の職を持ち、自身も建築やデザインについて思慮を巡らす子ども時代を過ごしました。
マンチェスター工科大学、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでデザインを学んだ後、1994年にヘザウィック・スタジオを創立します。独創性があり、近代的ながらも人間味の溢れるデザインを特徴とし、上海万博の英国パビリオンやロンドンオリンピックの聖火台など、大きなプロジェクトを担当しています。
展覧会「ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築」では、ヘザウィック・スタジオの主要プロジェクト28件を過去最大の規模で展示します。
内容を6つのセクション「1 ひとつになる」 「2 みんなとつながる」 「3 彫刻的空間を体感する」 「4 都市空間で自然を感じる」 「5 記憶を未来へつなげる」 「6 遊ぶ、使う」で構成し、ロンドンをはじめ中国、アメリカ、日本ほか世界各地でのプロジェクトを紹介しています。
会場である六本木ヒルズ展望台東京シティビューの大空間を活かした会場の中に、ロンドンを走る二階建てバスの4mを超える原寸大模型(部分)が登場のほか、模型や素材サンプル、ドローイングといった各プロジェクトの詳細など、ヘザウィック・スタジオが生み出す建築の美しさに迫る内容となっています。
今回記事として取り上げました諏訪敦をはじめデザインや建築関連の作品集や関連書籍は洋書和書を問わず重点商品として幅広く取り扱いをしています。デザインや建築設計関連の専門書はたいていのものには値段をお付けできます。デザイン本・建築書を処分される際にはご相談ください。
府中市美術館
会期: 2022年12月17日--2023年2月26日
現代日本の写実絵画界を代表する画家・諏訪敦の展覧会が府中市美術館で開催されています。
1967年北海道出身の諏訪敦は、武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業・同大学大学院修士課程修了の後、1994年に文化庁派遣芸術家在外研修員としてスペイン・マドリードに滞在、現地の国際絵画コンクールで大賞を獲得するなど、画家としてのキャリアを本格的にスタートさせます。
帰国後、自身のルーツとなる「日本人」「肉体性」に関心を抱いた諏訪は、1999年より代表作となる舞踏家・大野一雄と大野慶人の親子を描いたシリーズの制作を開始します。以降、対象をありのまま絵に描き写し、リアリティを追究する写実画というジャンルで活動しながら、見る・描くとこへの認識を問い直すアプローチを続け、写実性からの脱却とも言える取り組みを行ってきました。その特徴のひとつとして、画家としては珍しいほどの膨大な取材の量があり、時間と労力を削って行うそれは制作の中で重要な位置にあるプロセスのひとつであり、作品の一部です。
今回の個展では、第1章に“満州で病死した祖母”を中心に家族の歴史にせまるプロジェクト、「棄民」を展示します。敗戦直後、当時8歳であった父親の見たものを、現地まで取材を行い作品に仕上げたシリーズです。
第2章では「静物画について」。コロナ禍の中、猿山修と森岡督行とともに結成したアートユニット「芸術探検隊」が芸術新潮で集中連載した静物画に関する研究から生まれた作品が展示されます。
第3章では、「わたしたちはふたたびであう」2010年に亡くなった舞踏家・大野一雄を再び描き、また自身の身体的症状から見える景色を描くことで諏訪敦の生死観や絵画を描くことについて、「視ること、そして現すこと」に対する問いが窺える作品を見ることができます。
今回記事として取り上げました諏訪敦をはじめ写実絵画関連の画集や関連書籍は洋書和書を問わず重点商品として幅広く取り扱いをしています。写実絵画の画集や展覧会図録などはたいていのものには値段をお付けできます。画集や作品集を処分される際にはご相談ください。
愛知県美術館
会期: 2022年11月26日--2023年1月29日
愛知県では初となる岡本太郎の大回顧展が開催されています。大阪万博「太陽の塔」をはじめとし、「芸術は爆発だ」の名言で国民的な芸術家となった岡本太郎。
しかし、その活動はあまりにも幅広く多岐にわたるため、全貌がつかみにくい人物でもあります。今回の巡回展では、誕生から全6章のテーマで構成し、没後最大規模の内容でおくるとこによって、岡本太郎の生涯と芸術の本質について詳しく紹介しています。
第1章 “岡本太郎”誕生 パリ時代:18歳の頃に渡仏した岡本太郎は、パブロ・ピカソの作品に大きな感銘を受け、本格的に絵画制作に打ち込みます。前衛芸術家や思想家との交流、学びを通して芸術家・岡本太郎の思想的、技術的な土台は作られまた。この章ではパリ時代の代表作を通して岡本芸術の誕生に迫ります。
第2章 創造の孤独 日本の文化を挑発する:第二次世界大戦の勃発により、中国へ出征していた岡本は、1946年日本に帰国。停滞していた日本の芸術界に挑戦状を叩きつけるように活動をはじめ、 花田清輝らとともに「夜の会」を結成します。作品の発表だけではなく、書籍などを通して思想的なところからも前衛芸術を牽引いていく存在となります。戦後から1950年代までのアヴァンギャルドの旗手として活動した時代の作品を紹介しています。
第3章 人間の根源 呪力の魅惑:日本の芸術に変革をもたらす一方で、縄文土器に芸術性を見出すなど日本の文化にも目を向けます。特に呪術には芸術と紙一重の生命エネルギーを感じ、「芸術は呪術である」と語るほどに注目しています。実施調査は国内内外におよび、作品にも大きく影響を受けました。
第4章 大衆の中の芸術:芸術とは大衆のものと岡本が語るように、パブリックアートやインテリア、グラフィック広告まで、美術館や展覧会の枠を超えて一般大衆の生活の中に飛び出していった作品を紹介しています。
第5章 ふたつの太陽《太陽の塔》と《明日の神話》:1970年の大阪万博、そのテーマ館を手掛けるにあたって、
「人類の進歩と調和」のテーマのもと制作された「太陽の塔」。同時期にメキシコで制作された幅30mにおよぶ巨大壁画「明日の神話」は原子爆弾に被弾する様子が描かれ、人類の負の調和が表現されています。この代表作ともいえる「ふたつの太陽」の素描や資料を展示し、またその意義について迫ります。
第6章 黒い眼の深淵 つき抜けた孤独:大阪万博後、その地位を確立した後も作品制作への情熱は晩年まで尽きることはありませんでした。1996年にこの世を去るまでの作品に加え、約50年もの間秘書として尽力し、岡本太郎の活躍に貢献した岡本敏子の功績について紹介しています。
今回の展覧会では特に取り上げられることがこれまで少なかった晩年の作品も充実していますので、イメージにない以外な作風なども楽しめそうです。
今回記事として取り上げました岡本太郎の画集や関連書籍は洋書和書を問わず重点商品として幅広く取り扱いをしています。岡本太郎の画集や展覧会図録などはたいていのものには値段をお付けできます。画集や作品集を処分される際にはご相談ください。
Bunkamura ザ・ミュージアム
会期: 2022年11月26日--2023年1月29日
1960年代のイギリス若者文化を牽引し、今なおモノトーンのシンプルなデイジーマークでお馴染みのブランド、そしてデザイナーの「マリー・クワント」の仕事と軌跡について紹介する展覧会が行われています。92歳になる現在も愛されるデザイナー、マリー・クワントは1930年、イギリス・ケント州に生まれます。ブランドとしての始まりは1955年、後に夫となるアレキサンダー・プランケット・グリーンらとともにロンドン・チェルシー地区に開店したブティック「バザー」の開店からです。1950年代イギリスで流行していたのはニュールックを始めとしたエレガントで女性らしさを強調したファッションでした。
その中でマリー・クワントはファッションをより身近に、自由に開放するようなデザインを次々と発表していきます。紳士服や軍服、スポーツウエアなど女性のファッションからはかけ離れた位置にある服からインスパイアされたデザインは当時の価値観を覆すものです。活発に動きやすく、当時としては革命的なミニスカートは大きな反響を呼び、ミニスカートに合わせてカラータイツを考案するなど、現在ではすっかり定番化されたアイテムが多数あります。1960年代に世界的に影響を与えたイギリスの若者文化「スウィンギング・ロンドン」の中でもマリー・クワントの考案するファッションは重要なキーワードとなり、アメリカの大手企業からのオファーをはじめとして瞬く間に世界に進出していきました。
今回の展覧会ではロンドン・ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館所蔵の服やファッションアイテム約100点を中心に、写真や映像、また広報戦略、大量生産・大量消費の時代に合わせたブランドの展開など経営者としての手腕にも注目し、“マリー・クワント”の1955年から約20年に及ぶ歩みを紹介しています。
今回記事として取り上げましたマリー・クワントほか英国のファッション関連のヴィジュアル本は洋書和書を問わず重点商品として幅広く取り扱いをしています。服飾関連の作品集や展覧会図録などはたいていのものには値段をお付けできます。服飾・ファッション関連の作品集を処分される際にはご相談ください。
PLAY! MUSEUM
会期: 2022年10月8日--2023年1月15日
話題の画家、junaida(ジュナイダ)の初となる大規模個展がPLAY! MUSEUMで開催されます。
2015年に“ボローニャ国際絵原画展”入賞、絵本「Michi(2018年)」・「怪物園(2020年)」ははいずれも造本装幀コンクール・日本書籍出版協会理事長賞(児童書・絵本部門)を受賞するなど、近年junaidaが出版した本は常に高い評価を得ています。作品は、緻密な描き込みで創り上げられた空想的な世界の中に、明るさと仄暗さが共存しており、大人から子どもまで見る側の想像力を掻き立てる雰囲気が特徴です。
タイトルとなっている「IMAGINARIUM」とは、「IMAGINE」、「イマジネーション」と「プラネタリウム」などの語尾「-ARIUM」を合わせた造語であり、自身の絵を見た人に“空想してもらえたら嬉しい”と語るjunaidaの言葉の通り、鑑賞者が自由な想像を膨らますことができる展覧会であることを表しています。
内容は「1 交錯の回廊」「2 浮遊の宮殿」「3 残像の画廊」「4 潜在の間」と4つの章で構成され、今回の展覧会に向けた描きおろしの三連画「IMAGINARIUM」をはじめ、初期作品、絵本の原画、手掛けているデパートのクリスマスディスプレイの為に描いた作品、宮沢賢治へのオマージュ「IHATOVO」シリーズや、挿絵や広告といったjunaidaの多彩な仕事の中から、400点以上の作品を集め展示しています。膨大な量の作品を展示する空間は建築家・張替那麻が担当し、赤や金に彩られた宮殿のような仕上がりになっているほか、絵本「怪物園」の怪物たちが映像作家・新井風愉の手により巨大アニメーションとなって、来場者と共に行進する仕様です。また、ワークショップやカフェとのコラボレーション、オリジナルグッズの販売など老若男女が楽しめる内容となっています。
今回記事として取り上げましたジュナイダに関わる作品集や、展覧会図録は重点商品として幅広く取り扱いをしています。また、関連のイラスト集や絵本、画集などは洋書和書を問わず、たいていのものには値段をお付けできます。イラスト集や絵本、画集を処分される際にはご相談ください。
フジフイルム スクエア写真歴史博物館
会期: 2022年10月8日-2022年12月04日
独自の世界観を確立し、戦後日本を代表する写真家のひとりとなった須田一政の作品展がフジフイルム スクエア写真歴史博物館で開催されています。
1940年、東京都出身の須田一政は、若い頃から写真に興味を持ち、東洋大学法学部を中退の後、東京綜合写真専門学校で本格的に写真を学びます。アマチュア写真家ながら『日本カメラ』誌の月例コンテストで年間最優秀作家賞を受賞するなど、既に注目を浴びつつある存在でしたが、一度は家庭の事情で写真家の活動を休止しました。1967年、寺山修司主催、横尾忠則や東由多加、九條映子らが参加した劇団『演劇実験室 天井桟敷』の専属カメラマンに採用されたことが転機となります。以後本格的に写真家として動き出し、1971年にはフリーランスとして活動を始めます。
被写体とするのは、日常の風景や人物。須田一政はカメラを通すことによって、そんな風景を異質な非日常に変えて表現しました。“須田調”と呼ばれた独自の雰囲気を持つ作品は、同時代に活躍した写真家の作品の中でもまた特異な位置にあり、当時から現在まで国内外で高い評価を得まています。
今回の展覧会では、1986年にフジフイルム スクエアの前身となる富士フォトサロンで開催された「日本の風景・余白の街で」の出品作品から約30点を厳選し、新たに制作したカラープリントで公開します。愛用の6×6cm判カメラで撮影したこのシリーズは、1982年から1986年にかけて東京の神田・浅草・上野から軽井沢・箱根ほか、日本各地を旅する中で生まれたものです。華々しい観光地や名所ではなく、「余白」のように存在する街を独特の緊張感と異質の雰囲気でとらえた作品たちは須田作品の本質を突いており、その世界観を堪能できる内容となっています。
今回記事として取り上げました須田一政に関わる写真集、展覧会図録は重点商品として幅広く取り扱いをしています。また、関連のアート系の写真集は洋書和書を問わず、たいていのものには値段をお付けできます。須田一政はじめ写真集を処分される際にはご相談ください。
新潟県立近代美術館
会期: 2022年10月8日-2022年12月04日
シュルレアリスムを代表する画家・サルバドール・ダリ。その活躍は絵画にとどまらず、多岐にわたることが知られていますが、「ダリ版画展 奇才?天才? その知られざる世界」では特に、50代後半の頃から熱中した版画作品に注目し、取り上げています。
ダリは1904年スペイン・カタルーニャの裕福な家に生まれます。10代で既に才能を認められ、ピカソらも学んだ王立サン・フェルナンド美術アカデミーに入学、印象派、点描、キュビズムほか様々な画法を学び、芸術家としての礎を築きました。1927年、芸術の中心地パリへ赴き、シュルレアリスムの画家や作家と交流を持ち、自身もムーブメントの中心人物になっていきます。写実的で高度な絵画技術をもって、次々と型破りな作品を制作しました。特に「偏執狂的批判的方法(ダブル・イメージ)」の手法は高く評価されています。そしてその才能は絵画だけにとどまらす、彫刻、版画、舞台装置やデザイナー、映像制作とあらゆるジャンルで発揮されました。
「ダリ版画展」では、そんなダリの生涯1600点以上残した版画作品の中から、約200点を紹介しています。1960年代から70年代の、芸術家としては円熟期にあたる時期に制作された、圧倒的なデッサン力と技術力が発揮された作品を通して、20世紀の奇才ダリの真髄に迫ります。
今回記事として取り上げましたサルバドール・ダリをはじめシュルリアリズム関わる作品集、展覧会図録は重点商品として幅広く取り扱いをしています。特に国内外のシュルリアリズム作家の作品集は洋書和書を問わず、たいていのものには値段をお付けできます。シュルリアリズム関連の展覧会図録、作品集を処分される際にはご相談ください。
Bunkamuraザ・ミュージアム
会期: 2022年9月17日-2022年11月10日
革命的なデザイナーたちと共に歩んできたフィンランドのインテリアブランド、「イッタラ」。去年創立140周年を向かえた同ブランドの製品を中心とした展示を通して、その歩みと美学に迫る展覧会が行われます。
イッタラの発祥は1881年のフィンランド南部の村「イッタラ」でガラス吹き職人ピーター・マグナス・アブラハムッソンが設立したガラス工場です。当初は家庭用製品を中心に生産を行っていましたが、1920年代以降はより芸術的な方向へ拡大していきます。北欧を代表する建築家であり、デザイナーのアルヴァ・アアルト、その妻で同じくデザイナーのアイノ・アアルトの起用によって大成功をおさめ、その後もカイ・フランクやオイバ・トイッカなどのデザイン界の巨匠たちが関わることによってブランドとして発展していきました。造形の美しさと機能性の高いデザインは飽きの来ないものとされ、現在も世界中に多くのファンがいます。
「イッタラ展 フィンランドガラスのきらめき」は2021年にイッタラ創立140周年を記念して“フィンランド・デザイン・ミュージアム”で行われた展覧会をベースに、日本の会場ならではの要素を加えて再構築した内容です。「イッタラ140年の歴史」「イッタラの哲学」「イッタラのデザイナーたち」「イッタラと日本」と4つのテーマで構成され、象徴的なガラス製品をはじめ、陶器や磁器など140年の歴史の中から選りすぐった450点以上の作品に加え、映像やインスタレーションなど展覧会ならではの展示が行われています。
また、イッタラを象徴するデザイナーのひとりであるカイ・フランクと日本との関係に焦点を当て、ミナ ペルホネンの皆川明氏や築家隈研吾氏へのインタビューなどからイッタラと日本の関係についても紹介しています。
今回記事として取り上げましたイッタラなど北欧の陶磁器や北欧のデザイン関わる作品集、展覧会図録は重点商品として幅広く取り扱いをしています。特に北欧関連のデザインやインテリアの作品集は洋書和書を問わず、たいていのものには値段をお付けできます。北欧デザイン関連の展覧会図録、作品集を処分される際にはご相談ください。