デ・ステイル( De Stijl )西洋建築の流れ
・ デ・ステイル( De Stijl )
第一次世界大戦中の1917年、オランダのライデンで建築家・画家のテオ・ファン・
ドースブルフによって創刊した雑誌とそれに賛同する芸術家グループです。
水平線・垂直線・直角・正方形・長方形・三原色・非装飾性が特徴の新造形主義を当初
理念とし、後に対角線を導入した要素主義を展開し、後のバウハウスにも大きな影響を
与えました。
世界遺産にも登録されているシュレーダー邸を設計し、椅子のデザインでも有名な
ヘリット・トーマス・リートフェルトや、アムステルダムで都市プロジェクトに関わる
コーネリアス・ファン・エーステレン、戦後オランダの数々のビルディング建築を設計
したヤコブス・ヨハネス・ピーテル・アウト、世界で初めての映画専門の建築理論を
構築した劇場建築家、フレデリック・キースラーなどが参加しています。
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ヘリット・トーマス・リートフェルト
Gerrit Thomas Rietveld(1888年-1964年)
1888年オランダのユトレヒトに生まれる。
1911年に自分の家具工場をはじめます。1918年、モンドリアンらとともに芸術運動デ・ステイルに参加。
椅子の名作「レッド&ブルー」や「ジグザグチェア」、世界文化遺産に登録された「シュローダー邸」
で知られています。
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テオ・ファン・ドースブルフ
Theo van Doesburg(1883年-1931年)
1883年、オランダ、ユトレヒト生まれ。
1917年、オランダ・ライデンにて、ピエト・モンドリアン、バート・ファン・デル・レックらとともにデ・ステイルを結成。
1920年代、バウハウス、ロシア構成主義やダダイストなどと幅広く交流。
主張する要素主義による、垂直や、斜線を使った絵画や、それを表現した建築、家具などを発表しています。
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ピエト・モンドリアン
Piet Mondrian(1872年-1944年)
1872年オランダで生まれます。ワシリー・カンディンスキーと並び、本格的な
抽象絵画を描いた先駆者とされています。
1912年、パリへ。キュビズムの影響を受ける。そして、さらに進化し、
抽象的な造形に変化。
1914年、オランダへ一時帰国、垂直線と平行線による画面構成が始まります。・
1921年、代表作である、水平・垂直の直線と三原色から成る「コンポジ
ション」の作風が確立。
1925年、「新造形主義」をバウハウス叢書として出版。急進的な抽象展開
のため、芸術雑誌「デ・ステイル」を離脱。
大戦のため1938年よりロンドン、そしてニューヨークへ移住。
1944年、ニューヨークにて没。
具象から、キュビズムを突き抜け、色彩と形態のみでの純粋な造形という
未開の表現方法を切り開き、その造形言語は後世多大な影響を与えました。
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ヤコブス・ヨハネス・ピーテル・アウト
Jacobus Johannes Pieter Oud(1890年-1963年)
1890年、オランダ、プルメレント生まれ。
1910年代後半から1930年代にロッテルダムで多くの住宅建築プロジェクトに携わります。
モダニズムの建築家として知られ、機能性と居住性を追求する住宅建築を数多く設計しました。
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コーネリアス・ファン・エーステレン
Cornelius van Eesteren(1897年-1988年)
テオ・ファン・ドゥースブルフとともにデ・ステイルを主導。
1929年から1960年までの長きに渡ってオランダ・アムステルダム市で都市計画で活躍したオランダを代表する都市計画家です。
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フレデリック・キースラー
Frederick Kiesler(1890年-1965年)
1890年、ウィーン生まれ。
1920年代から、ウィーン、ベルリンで劇場と芸術展示デザイナーとして活躍し、劇場建築などを主に手がけ、世界で初めて映画専門の建築理論を構築した建築家です。
デ・ステイルには1923年に参加しています。
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ヤン・ヴィルス
Jan Wils(1891年-1972年)
テオ・ファン・ドゥースブルフとともにデ・ステイル創立メンバーのひとりです。
1928年アムステルダム・オリンピックのスタジアムを設計したことで有名な建築家です。。
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ジュルジュ・ファントンゲルロー
Georges Vantongerloo(1886年-1965年)
1886年、ベルギー・アントワープ生まれ。
1905年から1909年まで、アントワープとブリュッセルの美術アカデミーで学び、1917年にテオ・ファン・ドゥースブルフとともにデ・ステイルを創設します。
1931年、パリで「アプストラクシオン=クレアシオン(抽象=創造)」を設立し、抽象的な絵画や彫刻を数多く制作しました。
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バート・ファン・デル・レック
Bart van der Leck(1876年-1958年)
1876年、ユトレヒト生まれ。
ユトレヒトのガラス工房で学び、建築家クラール・ハーマーに師事。
1917年にテオ・ファン・ドゥースブルフとともにデ・ステイルを創設します。
1920年デ・スティルを去り、テキスタイル、陶芸、家具のデザインで活躍しました。
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フィルモス・フサール
Vilmos Huszár(1884年-1960年)
1884年、ハンガリー、ブダペスト生まれ。
1905年オランダに移住し、1917年にテオ・ファン・ドゥースブルフとともにデ・ステイルを創設します。
キュビスムと未来主義に影響された絵画、グラフィック、室内装飾、パッケージデザインなどを手掛けています。
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